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奥多野・蓼科ツーリング[2] [drive/touring]

八ヶ岳の稜線を割って、薄い雲間から陽光が射してくる。
初冬のように冷えた固い空気が、徐々に緩んでくる。
聴こえてくるのは小鳥の囀りと、秋色に染まりつつある樹々の葉を微かに揺らす風の声だけだ。

長野県、蓼科高原。
午前9時15分。

三人はそれぞれのドライバーズ・シートに深く身を委ね、互いを謝絶するかの如くドアを閉じる。
短いクランキングが重なり、2基のS54B32型3246cc直列6気筒エンジンが轟音と共に目を醒ます。
心なしかいつもより威圧的に感じられるBMW M3のアイドリング・ノートを耳にしながらクラッチ・ペダルを踏み、イグニッション・キーを静かに捻る。
ALPINA B3のフロント・ノーズに納められたE4/6型3299cc直列6気筒エンジンが、M3のサウンドとは明らかに異なる高周波音を伴って息を吹き返す。
まだ渋いギアをリバースからローに入れ、カラマツの葉が散る山道を3台はゆっくりと下っていった。
小鳥の囀りも、風の声も、もう聴こえない。


突如、炸裂する排気音。
先に仕掛けたのは、先頭を行くフェニックス・イエローのM3だった。
メイン・ステージまではまだ間があるにも拘らず、他にクルマがいないと見るや速度を上げ、連続するショート・コーナーへと切り込んでいったのだ。
一瞬の後、アルピン・ホワイトのM3が同じコーナーへと飛び込んでいく。

"なるほど、ウォーミング・アップか・・・面白い"

ギア・スティックを2速へと叩き込み、2台のM3に遅れまじとアルピナ・ブルーの体躯をS字コーナーへと躍らせる。
しかし当然のことながら、合計12本のロー・プロファイル・タイヤは未だその全性能を発揮できるほどには温まっていない。
故に、3台は揃って盛大なスキール音を挙げ始める。
歩道で朝の散歩を楽しんでいたカップルが何事かと振り返り、目を瞠る。
その姿に一抹の疚しさを覚えつつ、先行の2台と共に県道へ出た。


隊列を入れ替え、先頭に立ってビーナスラインを登っていく。
女神湖から先には、息を呑むパノラマが拡がっていた。
芒の揺れる高原を彼方まで延びるアスファルト、朝靄に煙る諏訪の街、遠く霞む中央アルプスの峻険な峰々。
その雄大な景色を存分に堪能すべく、車速はハイ・アベレージながらクルージング・レベルを保ったままだ。
続く二人も解っているようで、時折現れる前走車を一気にパスする時以外はM3にその本性を現わさせない。
そう、口には出さないが彼らも私も識っていたのだ。
景色を楽しんでいられるのは今のうちだけだ、と言うことを。


霧ヶ峰高原のパーキング・ロットでイグニッションを切り、B3を降りる。
やや強まる風に背を向け、マイルドセブン・ライトに火を点ける。
深く喫い、吐き出したその煙は、標高1700mの空へと忽ち掻き消えていく。
他の二人は広いパーキングに散り、思い思いに景色を眺めている。
コンセントレーションを高めているのか、或いはただリラックスしているだけなのか、その表情からは窺い知ることができない。
少し離れたレスト・ハウスの周りでは家族連れが楽しそうにハイキングの支度をし、ベンチで屯すツーリング・ライダー達が談笑している。
そんな平和な光景とは裏腹に少しずつ、だが確実に、緊張感が高まっていく。


やがて独り、また独りとコクピットに乗り込み、3台はエンジンをリスタートさせた。
フェニックス・イエローのM3が快音を残し、緩い右カーブを駆け上がっていく。
少し遅れてアルピン・ホワイトのM3が、アルピナ・ブルーのB3が、遠ざかるその姿を追う。
しかしストレート・エンドで先頭のM3はミニバンにその行く手を阻まれ、続く2台と共にダンゴ状態となる。

"あのミニバンが脇に寄る・・・そのときが、本当のスタートだ"

左90度コーナーの先で再びストレートに入ると、あたかもローリング・スタートにおけるセイフティ・カーの如くミニバンが左に除ける。
と同時に、3基のDOHC24バルブ・エンジンが一気呵成に叩き上がる。
6本のリア・タイヤが、アスファルトを貪り喰らう。
重なり合ったエグゾーストの咆哮が、冷涼な空気を遠く切り裂いていく。
今、この瞬間から、三人はもはや「十年来の仲間」では無くなった。
闘い、鎬ぎ合う、ライバルとなったのだ。


交通量の殆ど無い、緩いアップ・ダウンと中高速ベンドの続くステージ。
先行する2台のM3が、極めて安定した姿勢でのハイ・スピード・コーナリングを見せつける。
続くB3も同等の速度でロング・コーナーへと進入するが、一定の舵角を保っているにも拘らず、18インチ・ホイールに履かせたピレリ・P Zero Neroは僅かなスキール音と共にジリジリとアウト・サイドへ滑り始める。
恐怖が胃の腑を掴み、じわり、と締め上げてくる。
が、ここでアクセルを緩める訳にはいかない。
パワー/トルクで数段上を行くM3にストレートの立ち上がりで引き離されることは確実であるため、コーナリング・スピードを落とすことは赦されないのだ。

しかし無常にも、彼我の差は明らか。
コーナーを抜ける度に、2台との距離は確実に開いていく。
レヴリミットを超える覚悟でガス・ペダルを踏み抜いても、M3には追いつけない。
タイヤのブレイク・ポイントも目に見えて下がり始め、コーナリング・スピードを上げることもできない。
更にはコンビネーション・コーナーでのライン取りを見誤り、四輪が一瞬、だが激しくスキッドする。

"くそったれが!"

動揺するB3を必死に立て直し、セカンダリ・コーナーを脱出する。
僅かと思われたそのドライビング・エラーが大きな差となり、M3との距離がまた拡がっている。

"これがB3の・・・否、俺の限界なのか"

焦燥感が、忍び寄ってくる。

"やはりあの二人には、敵わないのか"

敗北感に、打ちのめされそうになる。

"いや、違う・・・二人に追いつける可能性は、まだ残されている"

そう、ただ一つだけ方法が在る。
彼方へ消えようとしている2台のM3へと一気に肉迫し、テール・トゥ・ノーズに持ち込むことのできる方法が。

もはや躊躇っている余裕は無い。
チャンスは次のミッド・ストレート、逃せば恐らく二度と巡っては来ないだろう。
鼓動が高鳴り、掌に汗が滲む。
エグゾースト・ノートもエンジン・サウンドも、もはや耳に入らない。
滑るリア・タイヤを無視して強引にコーナーを立ち上がる。
次の瞬間、ストレート・エンドに差しかかるM3のLEDブレーキ・ランプが視界に飛び込んできた。

"今だ!"


・・・トランシーバ、スイッチ・オン。
「すんませ〜ん、もうちょっとスピード落としてくださ〜い(泣)」


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081005ビーナスライン1.jpg081005ビーナスライン2.jpgと言うワケで(長い前フリだなー)、再び一団となって走る3台のBMW。
速度を多少緩めてもらったとは言え、それでもタイヤの限界に近いハイ・ペースでのドライビングが続きます。
和田峠を越え、扉峠を抜けてなお、ビーナスラインに前走車は殆ど現れません。
正に、クリア・ラップ。
日曜日と言うことであまり走れないかもしれないと思っていたのですが、嬉しすぎる誤算です。

081005ビーナスライン3.jpgそのハードかつファンなドライビングは、美ヶ原へと登るタイトなワインディングでも途切れることはありませんでした。
2台のM3が放つエグゾースト・ノートを浴びながら、2速のヘアピン・コーナーをアクセル踏んづけて立ち上がります。
CSC3/PS2/Nero、独仏伊3ヶ国のタイヤは休むことなく啼き続け、B3のエア・ベントからもその灼ける臭いが漂ってきます。
「・・・あんな走りは、もうできませ〜ん(泣)」
美ヶ原のレスト・ハウスで渇ききった喉を冷たいお茶の一気飲みで潤した後、思わず呟いた一言でした(汗)。

081005R464.jpgここからは、K464で下山します。
この道は一応2車線を確保してはいるものの、狭く見通しの悪いクネクネ道。
しかも補修跡だらけで、路面状況も芳しくありません。
が、先頭のMTさんはお構いなしにガンガン下っていきます。
続くKさんの後ろを走りますが、ステアリング操作が忙しいったらありゃしません。
幾重にも連なるタイト・コーナーに加え、思いがけず深い補修跡を避ける必要も頻繁にあり、一瞬たりともステアリングを止めることができないのです。
下りきって路肩で一休みしましたが、またも喉がカラカラでした(汗)。

081005「蕎麦の茶屋・丸山」.jpg田園風景のK62を走り、市街地を通過。
湯の丸高原へと向かうK94の途中にある「蕎麦の茶屋・丸山」で昼飯を喰いました。
細切りの二八蕎麦、濃厚な胡麻だれ、地物の野菜天ぷらで、胃袋もすっかり満タンです。
外のベンチで煙草を一服、コスモス揺れる牧歌的な風景に心も和む42歳。
そう、この後の上信越自動車道で怒涛のハイウェイ・ランが繰り広げられることなど、そのときの私は知る由も無かったのでした・・・。

本日の走行距離は346km、2日間合計で611kmでした。
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